講演
近畿大学副学長 建築学部教授 岩前 篤 氏
専門領域の分野_カナダ、フランスの現状について
●カナダ
木造ビルの構造、20階建てなどのビルの現場で、6年前に渡加した時は、木やCLTだけで建築していたものが全く様変わりし、例えば柱が鉄に変わったり、壁パネルがアルミフレームに変わったりしていました。彼らはこれを「ハイブリッド」「プレハイブリッド」と呼んでいます。理由はカーボンニュートラルを維持しつつ、コストダウンを図るためです。当初は国の補助金などを利用し行っていましたが、コマーシャルベース(採算、商業ベース)の段階になってくると、コストダウンが求められます。そのため、CLTで全てを行うことはできない。そもそもそういうものではないと切り替えていきました。
●フランス
渡仏した際、最近のカナダでの木造建築の現状について話をしたところ、フランスの技術者から、(ハイブリッド・プレハイブリッドは)「カーボンニュートラル」の観点か、それとも「ダイバーシティ」かと質問を受けました。私はまずその質問の意図がよくわからなかったのですが「多様性」という言葉は、そういう感覚でも使うのかと気づかされました。建築の世界にまで「多様性」というものを彼らは求めている、これは大変面白かったです。
様々な先端の研究や、国ごとの考え方の違いをみてきて、またひとつ気づいたことがありました。僕たち日本人は普段、冬の間は「暖房」といいますが、実はあれは「暖房」ではなく「採暖」です。「暖を採る暮らし」を行っているのです。
日本の「採暖」とカナダの「暖房」について
「ルームヒーティング=暖房」というのは、部屋を暖めることで、「人が居てもいなくても暖房を入れ続けている」ということがベースにあります。日本は明治時代に「ルームヒーティング」という言葉を海外から学び、それを「暖房」という言葉に置き換えました。しかし令和の現在でも、日本の住宅は、部屋ではなく人を暖める「採暖」が中心で、ルームヒーティング(暖房)は(北海道などで増えてきてはいますが)まだまだ数少ないのが現状です。
断熱先進国かつ、省エネ先進国であるカナダ政府は「2030年にゼロエネルギー住宅=ZEHを標準化にします」というメッセージを発信しています。言葉だけ聞くと日本と同じように感じますが、カナダは「暖房ベースのZEH」, 日本は「採暖ベースのZEH」という大きな違いがあります。そもそも要求されるエネルギーが全く違い、日本のZEHは等級5程度で達成されますが、カナダのZEHを日本の基準で落とし込むと、おそらく等級7よりも上のレベルになると思われます。
つまりカナダでは等級7より上のレベルを2030年に義務化しようとしています。
昔は、採暖も、暖房もエネルギーや快適性という意味では問題ありませんでした。むしろ今までは採暖の方がスマートソリューションで賢い答えだと思われていました。では採暖の何が問題になったのかというと「室内における気温差によって、健康上の問題がある」ということがわかったからです。その時点で、日本には「暖房」が必要で、そのために住宅は断熱等級7レベル以上が必要かつ大事だということが明確になり、それを根拠として日本政府が断熱の必要性について発信を始めたのです。
「暖房ZEH」と「採暖ZEH」
「暖房ZEH」と「採暖ZEH」という2つの言葉は、是非皆さんに覚えていただいて欲しいです。現在、まだ日本は「採暖ZEH」を目指さざるを得ない状況にあっても、やっぱり最終的な目標は「暖房ZEH」でを目指さなければなりません。「2050年のスタンダード」を考える意味では、非常に大切な部分となります。しかしながら日本のZEHは定義上、家電などのエネルギーを含んでいません。ゼロエネルギーハウスといいながらも、ゼロではありません。それは本当に問題であることを知っていて欲しいと思います。
採暖と暖房の定義
日本の住宅に関わる会社や業界そのものが、「暖房」と「採暖」という言葉の定義や暖める手段が異なるものだということの理解が進んでいないかもしれません。なぜなら、今まで「採暖」でいいと思っていたからです。
「採暖」という言葉は「暖を採る」ことで、専門用語では「各室完結暖房」といいます。日本の昔の先生方が考え出した言葉だと思われます。というのは、元々、暖房とは「全室連続暖房」しかありません。それを日本人の生活スタイルで表現するために「各室完結暖房」という言葉を作ったのです。この「各室完結暖房」いう言葉を訳して海外で発表しましたが、全く通じない。みんなわかってくれないのです。それはアパートメントなのかということになりますよね。ですので、僕は「各室完結暖房」とは言わずに「採暖」ということにしました。「人を温める」と「部屋を温める」はそもそも目的が違います。だからこそ「暖房」には高性能な住宅が必要です。
「採暖」であれば、人をどう効率的に温めるかという話ですが、これが「暖房」になってくると、「断熱」という技術が必要になります。せっかくのエネルギーを「外に逃さず残しておく」ということが重要です。つまり「等級6、7やG2、G3の高性能住宅になると、エアコン1台で家を暖房できる」というのはまさに「外にエネルギーを逃がさない」ということを証明しています。
高性能住宅とパッシブ設計
パッシブ設計とは、日射と風を取り入れる設計です。しかしG2からG3レベルまでいくと、日射で積極的に暖めなくても充分(室内が)暖まるので、日射自体が要りません。また冬のオーバーヒートが怖いため、採光は確保しますが熱は入れないという方法が必要です。つまりそれは従来のパッシブ設計ではありません。さらに風を取り込むというのは、ほとんど不必要です。中間期(春・秋)が問題だという方はいますが、年間で1~2週間程度の期間のことを問題として、それ以外のことを全て犠牲にするのも疑問です。様々な意見があるにせよ、「パッシブ設計」という言葉自体が、もう等級7、8から先の世界には、むしろ考えなくていいんじゃないかというのが、最近の僕の考えです。
2050年に向けて提案していく住宅とは
近畿大学副学長 建築学部教授 岩前 篤 氏
株式会株式会社サンプロ イノベーションラボ 本部長・株式会社LOCAS 取締役 コマツアキラ
(コマツ)この2050 STANDARD HOUSE PROJECT、2050年に向けて我々がお客様に提案していくべき住宅について考え、理想と現実を理解しながら商品開発・販売していくことについて共に学び、理解して発信していくプロジェクトです。
2050年はすぐそこです。僕らが今、住宅を提供しているお客様達は、これから26年後にもう一度、家を建て直すという人はほとんどいないと思います。しっかりと考えられた住宅は、30~50年はそのまま使っていただけるはずです。これを果たしていくためには、カナダでの事例も踏まえ、当初とは違う素材を使用しコストダウンを図りながら、カーボンニュートラルも達成していくといった取組みは、答えのひとつになると思いました。
自由な発想の建築を
(岩前先生)そうですね。(カナダでみた建築物では)CLTは床だけに使用していました。その辺りは海外のが自由で、日本人は木にとらわれすぎている感じがします。合理的なのはどちらかと問われると、僕は海外の方が合理的だと思います。日本の木造建築は金属部材を必ず接続に使いますから、既に純粋木造でもないので、あんまり木にこだわりすぎなくてよいと考えます。「パッシブ設計」含め、もっと自由でいい。僕は2050年のスタンダードを考えたとき、「家族がどうなるか」をベースに考えるべきだと思います。日本の住宅で子ども部屋を想定した2階が、時を経て使用していない家があまりにも多い現状を目の当たりにしています。未だに展示場にいくと、1階にリビング、2階に子ども部屋が2つ3つあるという「夢」を売っている商売のままです。今目の前にいる顧客が、その家族の姿がどうなるかというところから、バックキャスティングして提案していくべきじゃないかと思います。
カーボンニュートラルの実現について
(岩前先生)カナダでは2021年、気温が42℃を超えて、バンクーバーBC州で約700人の方が亡くなっています。いわゆる地球温暖化、気候変動が原因です。スパイク状に変動するということを彼らは実際に体験して2022年には「エアコンをつけなさい」というルールを作りました。すごく対応が早い。生命を守るために冷房が必要だということです。それが気候変動に対する国の対応です。しかし日本は熱中症で亡くなったり、逆に低温症で亡くなったりしても、あまり危機感をもっていません。海外でCO2を減らすというのは綺麗事ではありません。来年も生き続けるために今、減らしましょうという考え方なんです。
(コマツ)なるほど。しかしもう一方でCO2を減らすというのは、私たちにとっては遠く見えるという課題もあると考えます。
(岩前先生)もちろんCO2が全ての醜悪の根源ではありません。僕はこれも1つのキーワードだと思います。カーボンニュートラルという目標が、本当に2050年まで続くかと言われると微妙なところがあると思います。ただこれらが「現実的なリスクを伴っているという認識」を持った瞬間に、人の行動が大きく変わるときがあります。
今まではその辺りのリテラシーは持っていなくても何の問題もありませんでした。これからはそうはいきません。日本は世界の模範だと勝手に思っていたわけで、それが根底から覆されようとする中で、ではどうするかという岐路にたっています。
もちろん日本人の暮らし方で素晴らしいところは数多くあります。尊敬されるという点もあり、これからも守り継承していく必要性があります。ただ少なくとも「採暖」という方法は、「健康によくない」ということがわかったわけです。わかった以上は、見直す必要がある。「採暖」から「暖房」に変わるということは、住宅の断熱性はもちろん、プランニングも変わります。特に大事なことはこの「プランニングを変える」ことです。もう伝統木造が素晴らしいとだけ唱えていては、滅びてしまう部分もあると感じています。
(コマツ)日本も考え方を変える必要がありますね。引き続きご指導のほどお願いいたします。
(岩前先生)ありがとうございました。
株式会社サンプロの取組み事例 ~G3モデルハウスのご紹介~
株式会社サンプロ イノベーションラボ 本部長・株式会社LOCAS 取締役 コマツアキラ
次に長野県の工務店 株式会社サンプロが2050 STANDARD HOUSE PROJECTにどう取組むかについて事例発表いたします。サンプロは、2024年4月13日(土)14日(日)に、SUNPRO G3モデルハウス「冷暖革命7(セブン)」をオープンいたしました。昨年、長野県上田市にオープンした断熱リフォームモデルハウスの近くにこのG3モデルハウスを建築、UA値0.23(地域区分4地域 等級7)を実現させました。 エアコン1台で全館空調を実現、パッシブ設計も取り入れています。
高性能な住宅のコストダウンについて
高性能なG3モデルハウスは、3,000万円(30坪弱)で決して安くありません。そのため、サンプロの設計力・コーディネート力・デザイン力の高さはそのままに、間取りは変えられない「規格住宅」という条件でコストダウンに成功しました。
誰もが「プロダクトの性能」と「家の価値」を説明できるように
G3モデルハウスが、いかに高性能な住宅かということを伝えるためには、営業や社員がお客様へご説明し「家の価値」が伝わるようにしなくてはなりません。そのためには、一定のレベルで誰もが説明でき、お客様にその価値を理解していただけるよう、説明資料を整える必要があります、
説明壁面シート「家づくりの歩み」について
私たちは「家づくりの歩み」として、健康を守る断熱、命を守る耐震についてその歴史を年表にまとめ、G3モデルハウスの2階にある子ども部屋の壁面に掲示しました。
説明する営業や社員は、お客様とともに日本の住宅の歴史を紐解いていきます。もともとは吉田兼好が表したように「家の作りようは夏をむねとすべし」という価値観があったことを共通の認識としてご説明し、「夏を快適にしていこう、冬はとにかく我慢。風通しがいい家をつくり、採暖をしていた」という事実をお客様と共有します。この考えからスタートして「断熱」という考え方は一体どこから、いつから生まれたのかを年表を辿り掘り下げていきます。
「断熱」から「省エネ」まで
1950年代に住宅性能の研究について進んでいた北海道に比べ、住宅性能の研究が進んでいない本州の寒い地域では、寒い住宅が起因とされる健康被害が見られました。北海道との違いは一体何なのか、この住宅と健康の観点から「断熱」という考え方がうまれました。
次に1973年のオイルショックで「燃費」という問題がでて、そこから「省エネ」という考え方が生まれました。これより前、車もそうなんですけれども、燃費という考え方はほぼありませんでした。車を売るときに「リッター何キロ走りますか」とは誰も聞かなかったそうです。住宅も、このタイミングではまだ「燃費」というところは考えなかった。なぜかといいますと、やはり「家の作りは夏をむねとすべし」という考え方がそのまま残っていたからです。その考え方が残ってしまっていたため、その後日本ではまさにそれを証明してしまうような事件が起きてしまいました。それが「ナミダタケ事件」です。これは北海道の住宅で断熱していた床下の部分に、ナミダタケがたくさん発生し、相当数のリコールがあった事件です。この事件が起きたときに、日本の住宅産業に関わる大工さんから「断熱はやっても危険だ」と意見があがりましたが、しっかり考え設計、建築することで大丈夫だということが解り、今の我々の技術の進化へと繋がっています。
断熱等級について
1980年には断熱性能の等級ができました。1977年に制定された京都議定書は、省エネ基準を改正するきっかけとなり、ここから断熱等級3、4がうまれました。HEAT20が設立されたのが2009年、ZEHが注目されはじめ、HEAT20がG1,G2、そして最近G3という考え方を出して、これが国の法律・国の基準になってきました。そして2023年、断熱等級5,6,7というものが出来上がってきました。
この「お家の歴史」をお客様とともに「断熱への興味喚起」へと繋げ、G3モデルは最先端だということへの理解を広げていきます。
耐震の歴史について
耐震の歴史は、地震との戦いです。「地震と統計」との戦いともいえます。特にポイントは、1978年「宮城県沖地震」です。この地震はマグニチュード7.4(震度5)というものすごく大きい地震でした。住宅が1,183棟倒壊しました。この反省を受けて1981年に建築基準法の大改正を行い、これが今の基準「耐震等級1」いわゆる新耐震と呼ばれる基準になってきます。この宮城県沖地震の結果を受けてこのくらいの耐震性があれば倒れない、なくてはいけないと統計的に実証され、この基準が作られました。この「統計がとられている」ことが非常に重要です。
さてそこから年月がたって、次に1995年「阪神淡路大震災」が起きました。これはまさに直下型地震であったため、震度が最も高かったところの住宅が火事に遭い統計がとれていません。最も揺れたところが、実際に新耐震の基準でどうであったかも含めてきちんと捉えられなかった。しかしある程度の仮説を立てることができ、そこから年月が経って2000年に、耐震等級1.2.3ができました。
そして2011年に「東日本大震災」が起こります。この東日本大震災も阪神淡路大震災と同様、津波による被害で、震源地の統計がとれませんでした。ただ耐震等級3または耐震等級2以上ならある程度大丈夫だろう、また、耐震等級1でももしかしたら大丈夫ではないかという仮説のもとに、次に起きたのが2016年の「熊本地震」でした。熊本地震では津波も火災もほぼなかった。ここでようやく耐震等級1.2.3でどれくらい倒れたのかという統計がでてきたのです。
ここで私たちはようやく気づいたんです。耐震等級3でないとダメなんだと。耐震等級3がないと、命を守れる家とは言えないんだということに気づきました。そして今年2024年1月1日「能登半島地震」があり、耐震等級3があれば倒れない(新耐震でも耐震等級1は崩れているところがあります)ということが証明されました。
だから我々は、「耐震等級3」というのは命を守るために絶対に必要な基準であり、私たちが提供する商品に関しては、耐震等級3は必須として壁量計算ではなく許容応力度計算でやっていくという話を、お客様にしています。
高性能な家をイラストで図解化する
今回我々のこのG3モデルハウスの空調、換気部分がどうなっているのかを含めイラストを用いて図解しました。窓の性能の違いなども、営業が説明しやすいようにしています。
先程ナミダタケ事件にもあったように、換気についても説明をしています。
レンジフードファンについては、風圧によってレンジフードを回すと家の扉が開かないということが起こってしまうと、扉を力技で開けたり閉めたりしているうちに、どこかに負荷がかかり壁に穴が空きどこかに隙間ができる。設計や建築段階で考えられていた性能が正確に発揮できなかったりします。この注意喚起もイラストで行っています。
ここまでサンプロの取組みとしてお話させていただきました。弊社もG3を今の時点でもっと売っていけるかというと難しいです。やはりコストが高い。しかし、我々はここまでのものを作れることをお客様に理解していただき、このモデルハウスで話をすることが重要と考えています。
この家で長い間、健康的に安全安心で暮らしていただくことを、お客様に理解していただくための投資と考えています。説明のうまい営業だけでなくて、どのスタッフにも日本の家づくりの歩みから紐解いて、私たちが提供している「家の性能」や「家の価値」を誰が説明しても、ある程度同じレベルで伝えられるように考え、そのコミュニケーションを工夫しました。
終わりに
本日のポイントは、「採暖」と「暖房」の違いです。日本には暖房という概念がそもそもなかったという話は、生活者にちゃんと伝わります。単純に海外がよいという訳ではありません。ただこれからのスタンダードを考えたときには淘汰されるべきはどちらかという答えは既にあると思います。
また来場されたお客様に、自社の営業がどういう風に説明できるかを考え、説明資料をデザインすることは広報の方にとってとても重要です。
このような取組みの事例を、我々は大手ハウスメーカーではないので、みんなで共有していく必要があります。この勉強会には大手ハウスメーカークラスの技術やプライドを持ったメンバーが集まっています。我々が地域商圏の生活者の方に最も選ばれる企業であり、選ばれなければならない企業になっていくという自負の元、共に成長していきたいと考えております。
引き続きよろしくお願いいたします。
「SUNPRO G3 モデルハウス 冷暖革命7」https://lifithouse.jp/concept-house-ueda/
株式会社サンプロ https://sunpro36.co.jp/