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住まいの「室内環境」の重要性~医学的なアプローチで室温が人体に与える影響を検証した実証実験結果~

STANDARD HOUSE REPORT vol.07

事例発表

旭化成建材株式会社 断熱事業部 エキスパート 大塚 弘樹 氏

ファシリテーター 

株式会社サンプロ イノベーションラボ 本部長・株式会社LOCAS 取締役 コマツアキラ

[はじめに]

平成28年省エネ基準の適合義務化や四号特例廃止を控え、どの住宅会社もある程度の住宅性能は担保されたものとして訴求するようになります。しかし、昔から性能についてしっかり取り組んできた私たちが建てる住宅と、単に基準をクリアするために断熱材を厚くしただけの住宅とでは、似て非なるもの。ソリューションを持つ会社として、生活者の皆様に「何のために断熱しているのか」「断熱したら気密や換気口もしっかりとやるべきこと」など正しい情報を伝えていかなければなりません。

このような背景のもと、今回は旭化成建材株式会社の大塚さんをお招きし、高断熱住宅「ネオマの家」を用いた実証実験結果や、医学的アプローチに基づく室内環境と健康の関係性について解説していただきました。

https://www.asahikasei-kenzai.com

旭化成建材 断熱事業部 エキスパート 大塚弘樹さん

今回お話しいただいたのは、旭化成建材の大塚弘樹さんです。

(大塚さん)旭化成建材の断熱事業部に所属している大塚と申します。建築を学んだのち旭化成工業へ入社し、ヘーベルハウスの構造を担当しておりました。その後、旭化成建材へ異動して断熱材の技術担当やリフォーム工事担当、マーケティング業務に従事したのち、2022年より現職となります。本日ご紹介する実証実験に使った「ネオマの家」のコーディネートも、マーケティングの部署にいる際に実施したものです。

英国保健省の冬季室内温度指針から見る健康リスク

まず大塚さんよりご紹介いただいたのは、有名な英国保健省の冬季室内温度指針をもとにした、低い室温が健康に与えるリスクについて。そして、「あたたかい家は人権である」という考え方です。 (大塚さん)死亡要因は脳卒中・肺炎・心筋梗塞などがよく知られていますが、10年以上前から叫ばれているのが低温による健康リスクです。推奨温度は21℃で、許容温度は18℃まで、そして16℃未満になってくると重大な健康リスクが生じてくると言われています。寒さは着衣で防げると思われがちですが、実は低温の空気を吸うことが健康リスクに繋がると、この図から読み取ることができます。

WHO住宅と健康ガイドライン

次にご紹介いただいたのが、WHO住宅と健康ガイドラインです。先ほどの英国保健省と同様に、冬季室温18℃以上にしなければならないと強く勧告されています。

(大塚さん)日本には住宅の室温基準はありませんが、建築物衛生法(ビル管法)で特定建築物の環境については規定されています。令和4年3月31日までは最低室温17℃以上という規定でしたが、令和4年の4月以降はWHO勧告と同じ18℃以上に見直されました。住宅に関する規定ではありませんが、人の暮らしの中で室温はとても大切で、低温は良くないということが、国としてもきちんと認められつつあると思われます。

次にご紹介いただいたのが、WHO住宅と健康ガイドラインです。先ほどの英国保健省と同様に、冬季室温18℃以上にしなければならないと強く勧告されています。

高血圧・循環器系疾患は「生活環境病」である

ここからは、少し視点を変えて、「生活環境病」という新たな概念についてもご紹介いただきました。

(大塚さん)これまで高血圧や循環器系疾患は「生活習慣病」と呼ばれるのが一般的でした。例えば、食塩の摂りすぎ、運動不足、お酒の飲みすぎ、習慣的な喫煙などが要因で、高血圧や循環器疾患が重症化・発症するということが知られています。しかし、昨今は研究が進み、高血圧や循環器系疾患の要因は生活環境にもあることが提唱されています。これらの病を改善するには、住宅の断熱性能の不足を補い、適切な暖房使用で室温を確保することが重要だと知られ始めています。

健康を支える「運動・メンタル・栄養・環境」の四本柱

(大塚さん)近畿大学の山田先生がよく言われていますが、これまでの健康というのは、「運動・メンタル(精神)・栄養(食事)」という三本柱で支えられていました。今は、これに加えて「環境(温度、湿度、光など)」が四本目の柱になるであろうと言われています。特にその中でも一番多くの時間を過ごす住環境が、医学会でも予防医学の介入ポイントとして着目されている状況です。

「ネオマの家」実証実験の概要

生活者視点で言うと、コロナ禍によって働き方が変化し、家というのは多くの時間を過ごす場所になりました。また、健康がますます重要なテーマとなり、電気代をはじめとする経済的な不安感も高まっています。建築と医学の分野から見ると、最低室温18度を下回るという住宅の実態がある一方で、高断熱化の流れもきちんと起きています。

そんな中で実施されたのが、旭化成建材のモデルハウス「ネオマの家」の実証実験です。高断熱住宅の「ネオマの家」と「一般住宅(自宅)」に、男女8名5組の方が2泊3日ずつ滞在。温熱環境(CO2・気温・相対湿度)とバイタルデータを照合し、室温と自律神経の関係を探索的に検証しました。

ネオマの家は、一日中室温がおおむね18度以上、かつ部屋間の温度差がない環境。一般住宅は断熱等級4が一邸、その他はそれ以下の性能です。一般住宅では室温の時間変動が大きく、早朝には16度を下回る結果となりました。

(大塚さん)近畿大学アンチエイジングセンターの山田先生の統括のもと、同大学の岩前先生の全面バックアップで倫理審査・環境分析をしていただきました。また、循環器系のご専門である大阪大学の中神先生には、心電計から得られたデータの分析や、室温との照合をしていただいて研究を進めました。

「ネオマの家」の設計コンセプトと断熱仕様

(大塚さん)「ネオマの家」は2016年に茨城県に建てられた約130平米の木造住宅です。家のどこにいても年間通して最低室温16℃を下回らないスペックを実現するため、必要な性能をシミュレーションから逆算して計画しました。建築当時は等級6や7は存在しませんでしたが、UA値0.2W/(㎡・K)、C値0.12となっています。在来軸組工法を採用し、どこでも入手可能な汎用品で構成することで、誰でも取り組めるモデルを目指しました。

断熱材はネオマフォームを採用。屋根は外張り90mm・充填90mm、外壁は外張り90mm・充填60mm。基礎は立ち上がり部と折り返しが100mm、その他スラブ上面を50ミリで覆うスペックになっています。

「ネオマの家」の空調の仕組み

ネオマの家では、夏は小屋裏エアコン、冬は床下エアコンと1台ずつの壁掛けエアコンで全館空調するのも特徴です。第一種熱交換システムや、気流を制御するためにシーリングファンやパイプファンを配置して環境を整えています。

(大塚さん)夏は小屋裏エアコンと熱交換器から新鮮空気を取り込み、小屋裏の中でミキシングしています。小屋裏の壁面に設けられたパイプファンで各居室の天井裏に送り込み、天井スリットから空気を落としていく仕組みで2階の空調をしています。1階は小屋裏に設けられた格子から、シーリングファンを使って空気を流す仕組みです。

「ネオマの家」実証実験の結果

今回の実験では、大きく3つの結果が得られたそうです。

・結果1:自宅は寒く、ネオマの家はあたたかい

・結果2:モーニングサージを低減させる可能性

・結果3:ネオマの家の方が睡眠時間が長い

結果1:自宅は寒く、ネオマの家はあたたかい

(大塚さん)左側がご自宅の寝室、右側がネオマの家での実験時における室温と相対湿度の関係です。5組8名の方の実験結果がプロットされています。ご自宅の寝室はWHOで強く勧告されている冬季室温18度を下回る時間が過半。高血圧等のリスクが上がる12度以下も3組ほどあり、改めて「日本の家は本当に寒い」という実態が浮き彫りになりました。一方、UA値0.2のネオマの家では、実験期間中ほとんど室温18℃以上を上回る環境が得られることが実証されました。

結果2:モーニングサージを低減させる可能性

(大塚さん)そして、もう一つ注目したいのが、ストレス指標LF/HFです。ストレスを感じて交感神経が活性化されると、低周波成分(LF成分)が現れ、高周波変動成分(HF成分)が減少し、LF/HFの値は大きくなります。逆に副交感神経が高まりリラックス状態にあるときは、LF/HFの値は小さくなります。

今回LF/HFで自律神経の変動を追うことで捉えたのが、室温の高い家では「モーニングサージ」の程度を低下させる可能性があるという結果です。モーニングサージとは、起床前後に急激に血圧が上がる現象です。病院の健康診断で血圧が正常な方であっても、朝だけ血圧が高い方がおり、心筋梗塞や脳卒中のリスクが高まると言われています。

モーニングサージとは…起床前後に急激に血圧が上がること

モーニングサージに着目する理由 】病院や健康診断で血圧が正常な人でも、朝だけ血圧が高い人は、冬は朝に血圧が上昇するモーニングサージにより心筋梗塞や脳卒中など脳心血管疾病を起こす可能性が高まる

c)subject6の方の数値を見ると、ご自宅ではLF/HFの数値がピーク時で150を超えていますが、ネオマの家で起床したときにはピークの程度が3割程度下がっています。今回ご協力いただいた8名の実験者のうち4名の方で自律神経の変動の程度が下がるという結果になりました。中には20〜30代の方も含まれており、若い方でも朝の自律神経の大きな乱れが起きていたというのも着目したい点です。

結果3:ネオマの家の方が睡眠時間が長い

(大塚さん)最後に、年代・性別に関わらず、ネオマの家では睡眠時間が長かったという結果も得られています。まだサンプル数も少なく、今回の研究からは睡眠環境が良くなるということまでは言い切れませんが、室温と睡眠に大きな関係があると示唆できたことは、医師の方からもご評価いただいている状況です。

若い世代の自律神経をテーマにした研究を継続

(大塚さん)今回は室温と自律神経に着目することで、若い世代でも自律神経の乱れを捉えました。ただし、睡眠の長さやモーニングサージの関係は探索的な域を出ておらず、今後も確認的な研究が必要です。高断熱住宅の普及に繋がるような若い世代を対象にした、自律神経をテーマにした研究を実施していく必要があります。

各社のモデルハウスでも再現できる検証スキーム

(大塚さん)皆さんが自社で持たれているモデルハウスでも、今回のような実験をすることによって、PRに活用できるデータを取得することが可能となります。また、同じ人に違う住宅環境を体験してもらうと同時に自律神経の測定を実施する検証スキームは、再現性が高く有効だという評価もいただいています。

最後になりますが、私たち旭化成建材は「日本の寒い家」を社会的な課題として捉え、断熱性を通じてその問題を解決することを社会に宣言しています。

弊社の断熱材ネオマフォームの製品の情報をお届けする活動のほか、ネオマの家を体験していただく体験会や設計のセミナー「ネオマアカデミー」など、皆さんの経営に役立つ情報発信をしております。ぜひご興味ございましたらお声がけください。